KIYO先生

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東日本大震災で培った原発事故マインド

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こんにちは。

 

ブログ26日目です。

 

 

本日も新たに不定期、新コーナースタート!題して、

 

Block the Radiation

 

そして、記念すべき第1回は、

 

東日本大震災で培った原発事故マインド

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私の東日本大震災での原発事故の経験と、事故の際の大切なポイントを解説していく。

 

 

Block the radiation

放射線をブロックせよ

 

 

という想いを込めてタイトリングした。

 

本日もまずネタバレだが、答えから。

 

原発事故マインド

SNSで情報収集

直感で動く

大袈裟に避難 

 

2011年3月11日(金)14時46分18秒、宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmを震源とする東北地方太平洋沖地震発生。マグニチュード9.0、発生時点において日本周辺における観測史上最大の地震

 

私は仕事の都合で東京都世田谷区内にいた。マクドナルドで遅めの昼食中でホットコーヒーを飲んでいたその時、大きく揺れ始めた。小学生の時に阪神大震災を経験している私はパニックにならなかった。落ち着いていた私がまずとった行動は、

 

東京から遠く離れた親に安否報告の電話

 

電話はすぐに接続しにくくなり、電話が繋がらなければ親が心配すると考え、震度5の揺れの中、すぐにマクドナルドから出て、出来るだけ広く安全な場所を探して移動しながら、同時に携帯電話で親に電話をした。揺れ始めてものの数秒であったので、電話はすぐ繋がった。そして、

 

現在、安全な場所に避難していること

今後、電話が繋がらなくなるが安心して欲しいこと

 

の2点を落ち着いたトーンで伝えることができた。我ながら落ち着いているなとも内心で思いながら話していると、親が、

 

『え、こっちも揺れだした!

 

と。震度5で街が畝りを見せる中、震源はどこだという会話をしたことを今でも鮮明に覚えている。幸い親がいた地域は震度3であったが、その頃、現役で教師をしていた親も、今からすぐに学校全体での避難対応をしなければならないということで、再度、心配はするな、こっちは大丈夫と伝え終話した。

 

もっと詳細に記したいが本筋からそれるので、少し飛ばしながら本題へ。

続きは本を出版できれば嬉しい。夢を語る、言霊を信じる。

  

原発事故マインド

東日本大震災でわかったことは、TV・新聞では本当に知りたい正確な情報を受信しにくいということ。パニックを避けようとする報道規制、そして、お金を貰っているスポンサーへの配慮、命より国民を働かせることでの経済活動が最優先だからだ。国民の命は三の次四の次。仕事を終え帰宅した私は一応TVの特別報道番組をつけながら、インターネット・Twitter等のSNSで情報をかき集め、次に襲いかかる災難に備えていた。そして、どうやら福島第一原子力発電所が危ないという情報も掴んでいた。これはTVでも報道はされていたが、大手IT企業に勤めていた従兄弟から、社内で原子力発電所からの放射性物質漏れの情報が回っていたらしく、私は、従兄弟からワカメを分けてもらった。ワカメを食べておくと放射性ヨウ素甲状腺に取り込みにくいからだ。私はいつでも避難できるようにスーツケースに荷物をまとめながら、その時に備えた。そして、その時が来た。

 

3月12日15時36分

福島第一原子力発電所1号機爆発

 

原子炉建屋が爆発を起こして大破した。この瞬間の様子は福島中央テレビ福島第一原発から約17km離れた富岡中継局で情報カメラが唯一撮影に成功し、TVでも報道された。

 

大袈裟でもいい

後で笑い話になってもいい

後悔をしたくない

 

この瞬間に私は家のブレーカーを落とし、まとめていたスーツケースとともにすぐに品川駅に向かい、新幹線で西日本にある実家に避難した。

 

放射線

無味無臭で

肉眼では見えない

 

TVでは当時の枝野官房長官が、しきりに何度も、

 

『直ちに影響はない』

 

と記者会見で繰り返した。私は、原稿を読まされている枝野官房長官の目の奥を見ると聞こえてきた。

 

『急性放射線障害の危険性は少ないが、長期的な低線量被曝に気をつけろ』

 

『逃げることができるなら逃げたほうがいい』

 

TVからは大丈夫大丈夫の言い聞かせオンパレード。専門家には原子力発電推進派の教授ばかり起用。そして、東京の知人や友人からも、

 

大丈夫でしょ?

そんな大袈裟な〜

不安なんでしょ?

みんなといると安心だよ?

 

と、みなさんそう思いたいだけの無根拠な言葉。放射線は微量であっても体に良くない。放射性物質を体内に取り込んだらそれどころではない。

 

そして、

 

恐怖心に負けて直感を押し込めて、これ以上怖い思いをしないように自己防衛で思考してしまっている証拠。もっと言えば、仕事上避難できない、地方よりもズバ抜けて高い東京で自慢の土地と家を購入し、住宅ローンを65歳、70歳まで返済し続けなければならない自分を否定したくない。東京から離れることができない。だから大丈夫と思いたいのだ。

 

命、健康があってこその人生

 

私は、ここから、こうゆう人たちと自分は違う人種なんだと思うようになった。

 

 

そして、私は後から後悔したくなかった。何より、

 

自分の直感が『逃げろ』

 

だった。これは後から正解だったと分かったし、今ではインターネットで検索すればすぐにいつでも見ることができる。風下になって東京にも放射性物質が降り注いだ。東京以外にも。国は風向きを事前に把握し、広範囲に放射性物質が拡散することをわかっていながら、国民に教えなかった。経済優先、パニックを防ぐためを優先。それは急性放射線障害になる量ではないかもしれないが、鼻や口から吸い込み、肺に入ってしまうと・・・。そして蓄積すると・・・。

 

私はあの時に自分の直感を信じて良かった。大丈夫と思いたい人たちの声に耳を傾け、同じように思考で考えていたら、恐らく私もTVや周囲の『ダイジョウブ』コマーシャルに流され『そう思って安心したい』という幻想に包まれていただろう。

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南相馬市立総合病院の患者数

原発事故前と比べて成人甲状腺がんは29倍、白血病は10倍に上昇

 

後で後悔してもしきれない。こんな理不尽な悔しさは一生消えない。私はそんな想いを背負いたくなかったし背負わずに済んだ。現に、上記のように事故前と事故後では明らか。ここでも福島第一原発からの放射性物質が原因かどうかの確実な証拠なんかいらない。病気が増えているという結果だけで十分だ。関東でもそう。免疫が低下し体調不良の声が増えている。有名人のガンや白血病の話、昔はこんななかった。

 

私は東日本大震災をキッカケに、少し不思議な第六感を得ることにもなった。得たというより、祖父の五十回忌法要で少し開花していたので、その感覚がより鋭くなったという方が正しい。そして、事故前と事故後では、社会、世間、人、世界、地球を見る目が変わった。事故前はまるでフィクションで作られた世界に生きていたようにも思えた。そして、気付いた。

 

 

自分と自分の大切な人は自分が守らなければならない

 

誰も守ってくれない

 

 

そして、今、私は次なる原発事故に向けて備え始めた。

 

何かの虫の知らせ

 

自分だけでなく、この経験を生かし、このブログで少しでも多くの方のお役に立つことができればと考えている。原発事故への備え、実際に事故が発生した時の考え方、動き方についてもこの『Block the Radiation』のコーナーにこれからまとめていく。

 

 

また、Twitterでも情報発信するのでフォローいただければ緊急時は早いと思います。

 

 

ただ、一つ懸念が、、、。

次の原発事故時にはTwitterも情報規制がかかる可能性がある。

 

直感を大事にしてください。

 

原発事故マインド

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直感で動く

大袈裟に避難 

 

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