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五十回忌法要の真実

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こんにちは。

 

ブログ57日目です。

 

 

今日は、

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です。

 

今日も早速、ネタバレ。そして、アンサーは最後のお楽しみでとっておきます。

 

 

五十回忌法要の真実

人が亡くなって五十回で法要は終わる

人によって金銀財宝以上の神々しい光を放つ

 

 

もう一度、お願いですが、最後にこれ以上のまとめアンサーがあるので、どうか御読みくださると嬉しいです。 

 

今日は、今までの記事でちょくちょく、皆さんからしたらよくわからないことを書いていた例の話。そのきっかけとなった一つ。感覚で書くことになりますが、出来るだけ皆さん伝わるように書ければと思う。

 

私の祖父の話。私の母のお父さんは母が小学生の時に、夜、おやすみを言って寝た後、朝になっても起きてくることはなく、心臓が止まっていて静かに眠り続けて亡くなっていた。だからもちろん私は会ったこともない。母が小学生の時に亡くなったので私が物心ついた頃から、節目の法要や母の田舎に帰った時には仏壇に手を合わせ、御墓参りは日常のことであり、自然あふれる母の田舎は私にとってはとても嬉しい環境でした。広い庭には犬がいて、門をくぐると右手に綺麗なお花が咲き、今はもうあまりみられない縁側にはいつも曾祖母、ひいおばあちゃんが笑って座っていた。そうなんです。私の祖父は早く亡くなったんですが、その祖父のお父さんお母さん、私からしたら、曾祖父、曾祖母にあたる、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんはとても長生きであった。どちらも95over。長生きしてくれてありがとう。とても優しいひいおばあちゃんと、最後まで厳格でカッコイイひいおじいちゃんでした。

 

そして今は亡き、祖母、母の母、おばあちゃんもいつも僕たち孫のことを考えてくれた。毎年ジャガイモや人参、トウモロコシを送ってくれて、おばあちゃんの家に行くと、いつもお小遣いをくれて、そのお小遣いを返す返さないでおばあちゃんと私の母たち(3姉妹)が喧嘩をする。今、その家もありません。とてもいい思い出でもあり。大好きな人達であり、私の田舎でもありました。

 

ということで、私の祖父は早くに亡くなったので、私が二十歳過ぎぐらい?の時に五十回忌法要がお寺で行われた。これで最後の法要。私はあまり詳しくないが、50回忌法要が区切り?で最後?みたいです。

 

五十回忌法要が始まり、いつものお坊さんが御経を唱え始めた。いつもの音程とリズム。小さい頃から聞き慣れた癖が強い御経。そこに、親戚一同が集まり、粛々と法要は進んでいった。私も意識を集中するために目をつぶっていた。そうしたら、やけに目の前がキラキラ光るんですよね。本当に、なんていうんでしょうか。海賊が洞窟の奥で金銀財宝を見つけた時のような黄金の輝き。目をつぶっているのに眩しかった。私は、太陽が何か仏具に反射して目に当たっていると思い、ゆっくり目をあけた。目に飛び込んできたのは、薄暗いいつものお寺の空間。まあ、気のせいかと思って、また目を閉じた。そうしたら、また瞼を突き刺すような黄金の光線。本当に眩しい。目をつぶって眩しいんです。そして目を開けてもまた同じ。どちらかというとお寺はいつも薄暗い。そんなもんですよね。これを何回か繰り返し、まあ、気のせいかなと思ったまま、その法要は終えた。

 

ここで紹介するのは私の祖父の妹さん。まあ、小さい頃は、誰彼構わず、おっちゃんかおばちゃんと呼ぶ。その祖父の妹のおばちゃんは、結婚し土地を購入して引っ越しする際、狐の像??がその家を建てる土地に転がっていたらしい。そして、その祖父の妹のおばちゃんはその狐の像を綺麗にしてあげて祀ったと聞いた。そしてそこからおばちゃんには不思議なことが起こりだした。うーん説明しにくい。。。科学では証明できないことって、この世にはないことにされる??そして、いつも言うけど、私は宗教家でもなんでもない。神社に行き御墓参りをして、クリスマスも楽しむ。どうやらイスラム教ではなさそう。っていうぐらい。

 

祖父の五十回忌法要が終わって、不思議なチカラがあるその祖父の妹のおばちゃんが言った。

 

 

『お兄ちゃんが、みんなに今までありがとうって言っといてって、言ってたよ。』

 

 

そう、人が死んで50年。その50年をしっかりとみんなが集まり、手を合わせた。そして、今回が最後の法要。おじいちゃんは男の子が欲しかったんですって。でも生まれたのは私の母含む3姉妹。そして、その祖父の想いが届いたかのように、その3姉妹が産んだ私も含む、男だらけの従兄弟たち。笑笑。いつも母が言っていた。

 

『おじいちゃんが生きてたらアンタらをほんま可愛がったやろうな』

 

そういう、人と人が縁で出逢い、そして想いを繋いでいく。そこになんの言葉も当てはまらないし、言葉はいらない。それでいい。本来、みんなそういう想いの中で清く気高く育ってきたんだと思う。現代社会の日本どうした?そんな時代はもうこないのか。

 

そして、続けて祖父の妹のおばちゃんが言った、

 

『KIYOちゃん(私KIYO先生です)の前にお兄ちゃんいたよ』

 

 

ん??!

 

 

だからかっっっ!

 

 

あの神々しい光は

おじいちゃんか!!

 

 

私は霊感とか全然ない。世の中にはそのような力もあるとは思うが、私なんか、なんの修行もしていないし、そんな私が霊感があるなど言うことはバチが当たる。でも、この体験から、感覚レベルなんですが、色々なんとなくわかるようになったんですよね。それが東日本大震災福島第一原発事故の時にも自分の身を守れた。それだけじゃない。人と喋ってるけど、その人を見てるけど、その人を見てるんじゃなくて、その人間の奥の奥の芯の部分というかその後ろ??が見えるぐらいというか、なんというか。うまく言えないぐらいのしょぼい感覚です。

 

いろんな価値観とかあるんでしょうけど、私がこの体験でピンときたことは、

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五十回忌法要の真実

人が亡くなって五十回で法要は終わる

人によって金銀財宝以上の神々しい光を放つ

=人が亡くなって50年経てば神様になる

 

と私なりに感じました。厳密にいうと生きていた人間ですので、神様になることはできないと思ってます。神様に一歩近づいた存在?いやいや、それも怒られますかね。まいっか。わかりやすいと思うので、そういうことにしといて下さい。人は死んだらあの世にいく。そして、そこから現世での反省と修行をする。そして最後の法要を終える50年後に、死後のその後、どうなるかが決まる気がした。もし輪廻転生があるなら、今まで徳をたくさん積んでいる人は霊性が高く、もっと早く何かに生まれ変わったりするのかなという印象。そして、その修行の間、生きている人間が手を合わす事で、亡くなった人の供養になり、修行の労をねぎらう行為でもあると思う。そして、もちろん全ての人が神様に近い存在になるとも思わない。この世で残虐犯罪を犯してしまった人。人の想いを踏みにじった人。人を裏切った人。人に平気で嘘をついた人。もしあの世があるなら、その世ではとても辛い日々が待っている気がする。

 

今回の話は誰にも信じてもらえなくてもいいんです、それは強がりでもなくて、私がただ一回だけ死んだおじいちゃんに会えた最高の思い出だから。

 

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