KIYO先生

教育×ITで子どもを救う



学校は休んでいいのか

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こんにちは。

 

ブログ59日目です。

 

 

本日は、久々のここが変だよ学校の◯◯コーナーで、

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今日も早速、ネタバレからで、アンサーは最後に↓

 

学校は休んでいいのか

▼①絶対評価になった

▼②チャレンジテストで大阪府は特に迷走

▼③学校は休んでいい 

 

令和時代についても今までまとめてきたが、逆に、令和が5月1日からスタートしただけで、今日お話しする、学校での「皆勤賞」についてはもう執筆する意味がないほどの時代遅れ賞である。

 

学校にまだ皆勤賞ってありますか?

 

もう昭和初期ぐらいじゃないですか?感覚的には。その美学。そして、平成時代で皆勤賞の意味はほとんどなくなった。それは学校の運営や評価方法、高校入試制度がそれを物語っている。特に、平成前期に起こったIT革命により、それまでの常識や美徳とされてきたものの多くが覆ったと認識した方がいい。特に教育現場は、私、KIYO先生もいたのでよく分かるが、

 

閉鎖的

保守的

 

で変わろうとしないので、まだ、IT革命を他人事として二代前ぐらいの時代感覚で学校現場にいる先生方も多い。毎回言うが、

 

だから、

 

子ども

保護者

地 域

世 論

 

からどんどん乖離していくし、批判されている。IT革命で美徳でなくなったものの一つが、

 

皆勤賞

 

本当に戦前・戦中の軍隊式、体育会系的考えの上に成り立つもの。

 

体育会系については↓ 

kiyo-blog1.hatenablog.jp

インターネットが無かった時代には大きな意味があったであろう、人が集まる会合、飲み会などに欠席せずに肉体をその場に置くこと、顔を毎回出すことの美学。そして休まないこと。毎日学校に登校すること。それが美学。もちろん、毎日学校に登校できて毎日勉学に励むことができるのは良いこと。しかし、毎日学校に登校したことだけを皆勤賞として讃えるのも、もう時代にそぐわない。昭和初期であれば、ただただ皆勤賞でも良かったが、もうそこに意味をもたない。

 

▼①絶対評価になった

もう2002年から全国の公立中学校で絶対評価にもなっている。足掛け20年前から。単純に言うと、努力した分全員が公平に評価される。今までの、相対評価では、誰かが必ず、5段階評価の「1」や「2」がつく。そして「5」がつく人間の数がごく僅かに限られるというもの。だから時代的に相対評価に舵を切った20年前は間違っていなかった。そして、絶対評価ということは周りとの競争でななく、自分が目標に対して達成できたかなんですね。その部分では個人に焦点を当てることができた教育業界。しかし、登校というカテゴリーでは相対評価的な皆勤賞がまだ根強く文化として残ってしまっている。

 

毎日登校したからなに?

 

もう一回言います。元公立学校教員の私、KIYO先生が言うんです。毎日登校に一種の美徳をおいてしまうと、その他大勢の子どもたちの首をしめることになるのが現時代の特徴。

 

▼②チャレンジテストで大阪府は特に迷走

特に大阪府はチャレンジテストというものがあり、大阪府が行うこの1回のテストでの結果で通知表の「5」段階が決定するというもの。教師の評価権があるのに、毎回の授業の頑張りを教師が評価するのに、子どもからしても毎回頑張ったところを先生に評価してもらったのに、チャレンジテストができなくて、

 

評定が「2」→「1」へ

 

強制変更となってしまう。私、KIYO先生が教えた子たちの中でも、勉強は苦手だけど、毎回の授業を頑張って、そして、勉強が苦手だから、テストで点数が取れないから提出物を頑張って、興味関心のモチベーションを高く維持して頑張った子ども。そして、それをしっかりと評価した私。しかし、最後の最後で、そのプロセスを全てぶち壊す教育委員会。中学校ですよ。しかもこれが、公立ですよ。中学生って一般社会の営業マンみたいに数字だけで評価していいんですか。私はその子が一生懸命頑張ったことを評価したが、心無い委員会によって強制的に評定を下げられ、その子には頑張らなかったという通知表の評価だけが残った。

 

泣きました

 

多くの先生方をただのコマのように定額給料で働かせ放題にして使い捨て、子どもの努力すら切り捨てるような行為と組織の存在は、本来の地球・宇宙の法則に反する。もう誰も助けません。そのまま落ちていってください。ただただ、今まで行なってきた罪深い行為に対する罰を受ける運命しか残されていない。でも子どもには何の罪もない。だから私は動いたし、子どもを助けるための次の一手のために準備をしている。

 

上記の制度のため極端に言うと、大阪府では逆に一切学校に登校せずに、提出物を完璧に出しておいて塾や家庭教師などで学力を身につけ、テストで完璧な点数を取ることができれば、そして、このチャレンジテストでも結果を出せば、

 

学校なんか行かなくていい

 

そして「5」

 

こんな制度を委員会がやっているんですよ!

皆さん大阪ってYAVAI!でしょ?

 

だからもう、

 

▼③学校は休んでいい

委員会がそう言っているんです。また、今の時代に求められることは、自己プロデュース能力。自分の個性を自分でよく理解して自分に合った生き方、自分に合った力を発揮をすること。多様性社会、多文化共生が大事な社会ですから、毎日学校に行ける、毎日学校に行けたという、他者と比べる必要もなく、しんどいときは休み、そして、自分が輝ける場で光る。本当に今の学生は忙しい。ほとんどの子どもが小学生から学習塾に通い、中学1年生でほとんどの子どもが塾に通っているという地域も多い。これは地域によるが。そして、まだまだ改革が進まない部活動により、子どもも疲弊している。土日祝に休みがない。やりたい先生はいいが、やりたくない多くの先生方と子どもたちが被害者。そして先生も子どもも疲弊。よくないスパイラルですね。だからこそ、この時代だからこそ、疲れた時に学校を休んで、次の日にまた元気に学校に行けばいいんです。という風になってしまう。これを無茶して、学校を休まない美学だけだと、どこかで緊張の糸が切れた時、その後、メンタルを復活させるのが難しいしほぼ元通りには戻らない。だから、それができる人だけでいいんです。それを皆勤賞という大袈裟で、さもみんなが目指すべきあるべき姿としてしまうことがもうシンドイ時代なんです。そして、一般社会でもフレキシブルな働き方、リモートワークが成長してきている時代。もちろん忍耐強さの必要性はある。成長段階である程度の忍耐を学んだ上でのフレキシブルやリモートでもあるが、もうそんな時代でもないな。 

 

現代で毛嫌いされるのは、理由が納得できないのに強制されること。

 

置き勉はダメだからダメ

給食は必ず全部食べる

ルールはルール

学校は毎日行くもの

 

そして

子どもの心が遠ざかる

 

ただ、学校を休んだら、休んだ時の授業プリントをもらったり、ノートを写させてもらうということは忘れてはならない。

学校は休んでいいのか

絶対評価になった

チャレンジテストで大阪府は特に迷走

学校は休んでいい

=忍耐が美徳の時代は終わっている

=個々にうまく調整して能力を発揮する時代

 

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